水樹さんと食事してきた②

数分後、水樹さんがトイレから戻ってきた。
2人で鮭をつつきながら、僕の心臓は大きな鼓動を打っている。
この1年で複数の女性と会ってきたが、世間話に終始して、決してその枠から出ることはなかった。
他愛もない話を繰り返し、友達フォルダに振り分けられていく。
そんなことは痛いほど分かっているが、一緒にいられる時間にしがみついていたのかもしれない。
でもこのままじゃダメなんだ。
不格好でもいい、かっこ悪くてもいい。
それを承知を切り込んでいかないといけない。
僕は重い、重いを口を開けた。
金村 「水樹さんってさ、モテそうやん」
予定していたセリフは、「彼氏3人ぐらいいるんじゃない?」とdisるつもりだったが、言えなかった。
モテない自分を蔑み、水樹さんとの差を広げる悪手だったのかもしれない。
水樹さん 「いや~、そんなことないよ。30代になって・・・」
金村 「そうかな?30代とか全然いいやん」
水樹さん 「やっぱ男の子は若い子が好きやからね」
金村 「水樹さん、見た目若いし、30代に見えへんよ」
水樹さん 「あ、よく妹っぽいって言われる」
金村 「前と別れて、どのくらいになる?」
水樹さん 「う~ん、1年ぐらいかな」
金村 「僕も半年ぐらいになるね」
一応会話にはなっているが、ものすごいぎこちないのは自分でも分かる。
立派なリアルな世界なのに、セリフ棒読みの大根役者のようだ。
でも、当たり前だ。初めての経験なんだから。
水樹さん 「前の彼女とはどんなデートしよったと?」
水樹さんから質問されるのは、悪い展開ではない。
さらに、これは想定問答集にあった質問だ。
金村 「食事に行ったり、家でまったりしたり、まあ普通やったよ」
水樹さん 「どっか行ったりはなかった?」
金村 「あ、動物園とかはあったかな。旅行も行った」
水樹さん 「私も水族館とかはあったな、あとは佐世保でハンバーガー食べたり」
金村 「佐世保バーガー」
水樹さん 「めっちゃ並んでてね・・・味は普通やったけど」
金村 「ははは、そんなもんやんな」
その後も、普通の話の中に、恋の話を少しずつ織り交ぜながら、話していく。
恋の話がたどたどしいのは明白だが、何とか切り込んだ。
安全圏から決して出ようとしなかった今までとは違う。
失敗しているけど、挑戦した点は大成功だ。
「そろそろ席のお時間となります」店員さんが、値札を持ってきた。
会計は7,300円。
金融OLと同じ店で食事したときは、9,000円を超えた。
やっぱり酒をあまり飲まない子のが、僕に合っている。
僕はすかさずカードを出した。
水樹さんがお金を出した。
僕はこれまで基本おごってきたが、ただのメッシー君扱いを避けるためにも、今度から出してもらおうと思っていた。
水樹さんからは3,000円を受け取った。
4,300円の負担なら、大したことはないように思えた。
常に7,000円以上はかかってきたら、金銭感覚がマヒしているのかもしれない。
夜の9時過ぎ、店を出た。
日中のうだるような暑さから解放されて、蒸し暑いながらも幾分か夜風が気持ちいい。
金村 「電車?」
水樹さん 「うん、そうだよ」
僕たちは駅までの約5分の道を歩き始めた。
今まではほんの序章で、ここからが今日の一大イベントだ。
まずは手をつなぎ、駅前で少し話し、そして家へといざなう。
まだまだ夜は長い。
「料理美味しかったね」などとどうでもいい会話を繰り広げながら、着々と駅へと進んでいく。
水樹さんは、手にバックをかけて手のひらは肩のあたりにある。もう1つの手は紙袋を持っている。
これでは手をつなげないじゃないか・・・
弱気の虫が顔をのぞかせる。
ここで無理矢理手をつないでもだめだ。
せっかく食事でいいかんじになったのだ。
次にデートでも行って、もっと関係を深めていけばいい。
女の子は慎重なんだから、決して焦ってはいけない。
このまま笑顔で楽しかったねで別れてもいいだろう。
次も会ってもらえる可能性は十分にある。
そんなことを考えている自分にゾッとした。
僕はあれほど誓ったのに、まだ逃げようとしているのだ。
人間はできない理由を考えるのが得意だ。
居心地のいい現状から変化を求めず、挑戦することのリスクばかりを考える。
それらは的確で、それっぽく感じる。
しかし、現状にしがみついている限り、それ以上の幸福はないのだ。
人生をつまらなくしているのは、他ならぬ自分自身なのだ。
信号を待っている間、僕は肩のあたりにある水樹さんの手を掴んだ。
水樹さんは一瞬びっくりしたような顔で僕を見る。
僕は「手つなご」と小声でいい、水樹さんも僅かに聞こえる声で「ふん」と言った。
そして抵抗はされなかった。
僕は水樹さんの手を軽く握って、何事もなかったのように歩き始めた。
水樹さんは握ることもなく、少し力が入っているようなかんじだ。
あまり乗り気ではないのかもしれない。
金村 「この辺、夜でも結構人多いんやな」
水樹さん 「そうだね、ほとんど夜来たことないから、分からなかった」
何とか平然を装っているが、僕のドキドキは止まらない。
そして、女の人と手をつないでいる自分が信じられなかった。
ここまで僕はできるようになったのだ。
水樹さんの手は男のガザガザしたそれとは、信じられないぐらいしっとりしている。
なんだこの気持ちよさは・・・
そしてたまに、水樹さんの腕に当たる。
こちらもしっとり気持ちよさがやばい。
万が一にもあと2時間後は、もっとこの肌を堪能できるかもしれないだ。
それを考えると、僕の興奮は最高潮に達した。
そんな最高のひと時は、あっという間で駅について階段を登る。
本当はこのまま家に誘いたいところだが、もうちょっと雰囲気を作ったほうがいいだろう。
予定通り、駅前で少し口説いてから家に誘おう。
金村 「まだ9時過ぎか~、もうちょっと話してかん?」
水樹さん 「いいよ~」
あっさりOKを貰い、僕たちは駅前広場のベンチに座った。
さあこれでやっとスタート地点に立てた。
僕は人生31年でやっと女性を口説く権利を与えられた。
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