水樹さんと食事してきた③

9時過ぎ、水樹さんを駅前のベンチに誘った。
真夏の生暖かい風が吹く中、僕たちは並んでベンチに触る。
周りは、カップルや学生たちが多くいる。
座ってすぐに沈黙が訪れた。
今から女の子を口説こうと思うと、言葉が出てこない。
再び、そっと手をつなごうと横を見るが、脚の前で手を組んでいる。
沈黙を破って、水樹さんがしゃべった。
水樹さん 「今日、野球勝ったかな?」
金村 「あ、どうやろ?調べてみよ」
金村 「あ~、そういうことね。言わないほうがいい?」
水樹さん 「え~とね、家でゆっくり見る」
水樹さん 「最近、イチローもあと少しやね」
金村 「大リーグも好きなん?」
水樹さん 「そうやね~、一応チェックはしている」
この後に及んで、野球の話なんてどうでもいい。
しかし、次の話題が見つからない。
パッと横を見ると、水樹さんの手が少し遊びのある状態になっている。
今がチャンスだ。
金村 「手綺麗やな~」
僕は、そっと手を触る。
水樹さん 「え?そう?爪長くしてないよ」
金村 「マニュキュアもしてない。料理するもんね」
水樹さん 「そうやね」
そう言って、手はスッと離れていった。
本当は肩をそっと抱きたかったが、そんなことはとてもできない。
もう少し、僕の好意を伝えないといけない。
金村 「今度またどっか行こっか?」
水樹さん 「うん」
水樹さんは笑って答えた。
金村 「また食事する?」
水樹さん 「水族館とかもいいね、食事でも」
金村 「水族館いいね」
これで、水族館には行けることになった。
しかし、僕は乗り気ではない。
せっかくの休日に、何時間も使って、水族館など絶対に行きたくない。
そんな時間があったらブログを書きたいし、野球を見たいし、運動をしたい。
やはり、長く引っ張るわけにはいかない。
今日、決めてしまわなければ。
その後、少し世間話をした。
僕は、勇気を持って切り出す。
金村 「まだこんな時間か、もうちょい時間ある?」
水樹さん 「え?あるけど」
金村 「家がここから近いからさ、ちょっと寄っていかん?」
一瞬、空気が止まったのがはっきりと分かった。
僕は言ってしまった。
思った以上にあっさりと言えてしまった。
これであとは答えを待つのみだ。
一瞬の静寂後、水樹さんが話し始めた。
水樹さん 「家は~、まだ早いかな」
水樹さん 「次の楽しみにしときま~す」
当然断れると思って、僕は次の一手を用意していた。
恋愛工学にあったような 「DVDでも見ない?」、「明日は朝が早いからすぐに返ってもらわないといけないけど、ちょっとだけ」。
他にも「美味しいコーヒーがあるから」などバリエーションもあった。
しかし、水樹さんからの言い方からは徹底した拒絶の意が感じられた。
「いきなり家に誘うなんて、このバカ男は何を言っているんだ」そんな意図が読み取れた。
そして、あっさりと断られた。
まるで赤子の手をひねる様に・・・
水樹さんのほうが圧倒的に恋愛経験があり、僕に全くなす術はなかった。
これ以上何も言えなかった。
「分かった・・・」
僕は蚊の鳴くような声でそう言った。
長い沈黙が続いた。
金村 「行こうか?」
水樹さん 「うん」
僕らは駅に向かって歩き始めた。
水樹さん 「私歩いて帰るよ」
水樹さんと僕の帰りは電車で逆方向だが、改札を一緒に通るのも嫌だったのかもしれない。
20分ぐらいかかる道を歩いて帰るようだ。
水樹さんは笑顔で手を振っている。
僕は無表情で「じゃあ」と言って改札を通った。
水樹さんが飲み会の途中で言っていたことを思い出した。
「昔は嫌な人のことを全部受け止めてしまってた。でも最近は笑顔で受け流せるようになったんだよね。だいぶ成長したよ」
さっきの出来事が、まさにその対応だったのだ。
バカ極まりない発言に対しても、「はいはい」と笑顔で受け流す。
僕が1年がかりで苦労し、やっと言った言葉は、右から左へ受け流された。
本当にあっけない幕切れだった。
次の日、一応LINEを送ってみた。
7月24日(日)
10:24 金村) 昨日はありがとう。
久々に海鮮も食べられてよかったね。楽しかったよ。
そのメッセージは、既読になることはなかった。
1日経っても、3日経っても・・・
メッセージまでも、受け流されてしまったのだ。
ブロックはされていないみたいだが、来た瞬間に消去されたに違いない。
水樹さんとは、お茶と食事1回ずつで終わった。
金融OLより、5番さんよりも短い。
僕の恋は後退したのか?
いや、今回はこれまで一番進歩した。
今までは突然告白するだけで、決して踏み込めなかったSフェーズに突入したのだ。
結果は最低だったが、僕は大きな壁を超えた。
大きな大きな第一歩だった。
恋愛工学の「ぼくは愛を証明しようと思う」にこんな一説がある。
結局のところ、女にモテるかどうかって、ビールを一杯飲み干したあとに、臆面なく『○ックスさせてくれ』と言えるかどうかなんだよ。言えないやつはいつまで経ってもダメだ。その一言が言えるやつは、最初はたくさん断られて、少しばかり恥をかくだろうが、そのうち女を惹きつけるための自分なりのコツがわかってくるんだ。
僕は31年間、生きても言えなかったその一言を今日言った。
完全に拒絶され、恥をかいたが、大きな壁を超えたのだ。
しかし、大きな壁を超えた向こうには、さらなる大きな壁があることを僕は知ってしまう。
全く通用せず、相手にもされなかったのだ。
女性が部屋に来てくれるなんてことが、あり得るのだろうか?
全くそんなイメージができない。
現状の僕、いやいくら慣れてきても、決して超えられそうもない壁だ。
腹の出たブサイクなオッサンでもこんな壁を越えてきたのだろうか?
信じられないけど、彼らはものすごいことをやってきたのだ。
自分の無力さ、そして恋愛経験者の偉大さを改める知った1日だった。
そして、今後の自分の身の振り方を見直すべきなのかもしれないと思った。
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